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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)10496号 判決 1961年12月25日

原告

日本電信電話公社

外一名

被告

那須順作

外一名

主文

一、被告等は原告日本電信電話公社に対し各自金八十七万六千六百六十五円及びうち金九万八千七百二十円については昭和三十三年五月十五日より、うち金一万七百七十円については同年八月二十一日より、うち金七十三万三千四百七十五円については同三十五年十一月三十日より、うち金三万三千七百円については同三十六年六月二十一日より、それぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告日本電信電話公社のその余の請求を棄却する。

二、被告等は原告立沢吉之に対し各自金三万二千六十円及びうち金四千三百円については昭和三十三年八月二十三日より、うち金四千五百円については同年九月九日より、うち金四千五百円については同年十月九日より、うち金四千五百円については同月二十四日より、うち金六千円については同年十一月二十四日より、うち金四千百六十円については同年十二月九日より、うち金三千六十円については同年五月十九日より、うち金千四十円については同年九月二十二日より、それぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

四、この判決は原告等の勝訴部分に限り(原告日本電信電話公社は金十五万の担保を供することを条件として)、仮に執行することができる。

事実

原告日本電信電話公社(以下原告公社という)指定代理人は「被告等は原告公社に対し各自金百十七万六千六百六十五円及びうち金九万八千七百二十円については昭和三十三年五月十五日よりうち金一万七百七十円については同年八月二十一日より、うち金七十三万三千四百七十五円については昭和三十五年十一月三十日より、うち金三十三万三千七百円については同三十六年六月二十一日より、それぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を、原告立沢吉之は主文第二、三項と同旨の判決及び仮執行の宣言をそれぞれ求め、その請求原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告立沢は昭和三十二年十二月二十四日当時、原告公社足立電報局に勤務し、電報配達業務に従事していたもの、被告第三コンドルタクシー有限会社(旧商号豊善交通有限会社、昭和三十五年一月四日商号変更、以下被告会社という)は、東京都内を中心に自動車運送業を営むもの、被告那須は右当時被告会社の被用者として被告会社の運送業務のための運転に従事していたものである。

二、被告那須は、昭和三十二年十二月二十四日午後四時四十分頃、被告会社所有のダツトサン五十七年小型四輪乗用自動車第五き六五九七号(以下被告自動車という)を運転して被告会社の業務に従事し、東京都足立区小右衛門町三百九十六番地先交叉点を千住方面(南方)より草加方面(北方)へ向け時速約五十粁で進行中、前方約三十米を、同一方向へ進行する原告立沢の運転する原動機付自転車(以下原告自転車という)を認め、これを追越そうとしたが、かかる場合自動車運転者は警音器を吹鳴して前車に警告を与えるとともに、対向車その他障害の有無等追越しの際における交通の安全を確認した上で追越すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り、原告自転車がそのまま直進するものと軽信し、警音器を全然吹鳴せず、漫然と同一速度で進行したため、原告自転車と約十米の距離に接近した際、原告自転車が徐行して右折するに及んであわてて避譲急停車の措置を講じたが及ばず、被告自動車の左側前部を原告自転車に衝突させ、原告立沢を路上に顛倒させ、よつて同人に右大腿骨骨折の傷害を負わせた。

三、右のごとく、本件事故は被告那須の一方的過失に基くものであるから、被告那須は原告立沢がこれにより蒙つた損害を賠償すべき義務があり、また被告会社は被告自動車を自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条に基き損害賠償義務を負うものである。

四、原告立沢の損害

(一)  原告立沢は本件事故による傷害治療のため昭和三十二年十二月二十四日より同三十三年五月十三日まで足立区梅田町の佐々木病院に入院し、同日より同三十五年四月十六日まで品川区五反田の関東逓信病院に入院し、その後通院加療したが、その間別紙(一)記載のとおり合計金三万二千六十円の費用を要したので、右同額の損害を蒙つた。

(二)  右傷害は同三十六年三月三十日治癒したが、左記後遺症を残すに至つた。

(イ)  右下肢骨折の結果、同下肢三糎短縮(第十級七号)

(ロ)  右下肢のうち足関節の機能に著しい障害を残した(第十級十号)

(ハ)  右下肢のうち膝関節の用を廃した(第八級八号)

原告立沢は本件事故以来勤務に従事出来ず、また昭和三十六年四月二十日よりようやく出勤することとなつたが、右後遺症のため本来の電報配達員としての外勤業務に従事出来ず内勤事務員として働いている状態で、通勤及び日常生活は意のままにならず、寒季ともなれば右足全体に疼痛を覚えるなど、労働能力は甚だしく減退し、これによる損害は原告公社より支給された障害補償費(第五項記載)以上である。

五、本件事故は原告立沢が電報配達途上発生したもので業務上の災害であり、原告公社は労働協約及び原告公社職員業務災害補償規則に基き業務災害補償をせねばならず、別紙(二)記載のとおり医療費及び障害補償費合計金百十七万六千六百六十五円を支払つた。その結果、原告公社は前記規則第五条第一項及び民法第四百二十二条に基き、原告立沢が被告等に対して有する損害賠償請求権を右金額の限度内において取得した。

六、よつて原告立沢は被告等に対して各自別紙(一)記載の金員、原告公社は同じく別紙(二)記載の金員及びこれらに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

以上のとおり述べた。

被告等の抗弁に対し「原告立沢が後方から来る被告自動車を認めたときは、被告自動車は交叉点の手前約三十米の地点にあり、合理的に判断して右折は十分可能であつたから、かかる場合は一時停車又は徐行をなす義務はない。原告立沢は右折する際、進行方向左側より大廻りし右手を横に出して合図をし、車道左端より六・九米のところに出たとき本件事故にあつたもので、被告那須が交叉点に差掛つたときにはすでに右折を開始しており、自動車運転者としてはこのような場合進路を譲る義務があるにかかわらず、被告那須は漫然と進行してきたのであり、本件事故は被告那須の一方的な業務上過失に基くものであるから、被告等の抗弁は理由がない。」と述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として、つぎのとおり述べた。

一、請求原因第一項中、被告等に関する部分を認める。その余の事実は知らない。

二、同第二項中、被告那須が原告主張の日時場所において被告自動車を運転し被告会社の業務に従事していたこと、時速約五十粁で進行中前方約三十米に原告自転車を認め、これを追越そうとしたこと、警音器を吹鳴しなかつたこと、原告自転車と約十米の距離に接近したとき原告自転車が右折しその結果被告自動車と衝突し、原告立沢が路上に顛倒し右大腿骨骨折の傷害を負つたこと、はそれぞれ認める。その余の事実は否認する。

三、同第三項は争う。

四、同第四項及び第五項は知らない。

五、同第六項は争う。

六、本件事故発生については被告らに過失がない。

(一)  被告那須は時速五十粁(本件道路は時速五十粁の高速道路)で進行中、前方約三十米に同一方向へ進行する原告自転車を発見したが、原告立沢はうしろを向いて被告自動車を確認していたので警音器を吹鳴しなかつたが直ちに三十粁に減速して進行した。しかして、本件事故現場交叉点附近は見とおしの十分きく場所であるから、交叉点通過の際除行又は停車をなす必要はなく、また警音器の吹鳴は進行自動車の存在及びその接近の程度を相手方に確知させるためであるから、原告立沢が後方十米に接近する被告自動車の存在を知つている以上、被告那須が更に警音器を吹鳴する必要もなかつた。

(二)  ところが、原告立沢は何の合図もせず、直角に近く急角度に右折したので被告那須はハンドルを右に切り、同時にブレーキを踏んだが及ばず原告自転車の右側面に被告自動車の左前部を衝突させたのである。およそ原動機付自転車の運転者は交叉点において広い道路より狭い道路に右折しようとする場合は、直進又は左折しようとする車馬に進路を譲つて一時停車又は除行しなければならない業務上の注意義務がある。しかるに原告立沢は被告自動車が進行してくるのを確認しながら、漫然と右折したのであるから、その行為は全く無謀に近いものといわねばならない。

(三)  被告那須は事故当日乗車の際、被告自動車の機能構造等を点検し、異常のないことを確認しており、事故の折も被告自動車には構造の欠陥又は機能の障害はなかつた。

七、仮に被告那須に過失があるとしても、原告立沢において、前方のみを注意して後方を同一方向に向つて進行する被告自動車に対する注意を怠つたこと、十字路における一時停車を怠つたこと、被告自動車との距離の目測を誤り、被告自動車が急停車しても事故を防止しえない近距離においてにわかに右折したこと等の過失が存し、むしろ本件事故発生の原因としてはるかに主要な地位を占めるものである。よつて、被告等は原告等に対し過失相殺を主張する。よつて被告等には損害賠償責任がないから本訴請求には応じられない。

以上のとおり述べた。(立証省略)

理由

一、被告自動車が原告主張の日時場所において原告自転車に衝突して原告立沢を路上に顛倒させ、同原告に右大腿骨骨折の傷害を蒙らせたことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一号証第四号証の一、二及び第五号証に原告立沢及び被告那須の各本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を綜合して考察すると「原告立沢は右日時に陸羽街道の低速車路線を千住方面(南方)から草加方面(北方)へ向け進行し、島根町方面(西方)から花畑町方面(東方)へ通ずる道路(幅員七・五米)とほぼ直角に交る交叉点で右折し陸羽街道を横断して花畑町方面へ進行すべく、交叉点にかかつてから一旦うしろを振り返つて後続車の有無を確認したところ、被告自動車は後方二、三十米のところにあるので十分右折しうるものと判断し、以後被告自動車の接近に注意を払わず、ただ前方草加方面に停車していたバス及びそのうしろの車が発進してくることのみに気をとられ、何等右折の合図をすることなく急に右折を開始したこと、一方被告那須は陸羽街道の高速車路線を時速約五十粁で進行中、前方約三十米のところに原告自転車を認めその頃原告立沢がうしろを振り向いて被告自動車を確認しているのを目撃したが、間もなく右交叉点に差掛つたので時速約三十粁に減速し、交叉点内で原告自転車の後方約十米まで接近したが、原告自転車はそのまま直進するものと考え警音器を吹鳴しなかつたところ、原告自転車が急に右折を開始したので、ハンドルを右に切り同時にブレーキを踏んだが及ばず、被告自動車の左前部が原告自転車の右側面に衝突した」ことが認められる。原告立沢及び被告那須の各本人尋問結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実に徴すれば、被告那須としては先行する原告立沢が交叉点にさしかかる前うしろを振り返つていることは認めているのであるから、原告自転車が或は右折するかもしれないことは予測すべきであるにもかかわらず、そのまま直進するものと軽信し、原告自転車を追越す際、警音器を吹鳴するなどして被告自動車の接近を原告自転車に警戒させる(旧道路交通取締法施行令第二十四条第二項)注意義務を怠り、衝突の危険性の大きい交叉点内で漫然と追越そうとした点に過失がある。この点に関し被告等は、原告立沢が被告自動車の接近を認めている以上、警音器を吹鳴らす必要はないと主張するが、前車が後車の存在を認めていても、後車との距離或は後車の速度等につき判断を誤ることは往々にしてありうることであるから、原告立沢が被告自動車の存在を認めていたとの一事をもつて、被告那須において警音器を吹鳴して原告自転車に注意を与える必要なしといいえないことは勿論である。

二、右のとおり本件事故は被告那須の過失に基因するものであるから、被告那須は原告立沢が蒙つた損害を賠償すべき責任があり、また、事故当時被告会社が自己のため被告自動車を運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、自動車損害賠償保障法第三条により、被告会社もまた賠償責任を負うことになる。

三、そこで損害額について判断するに、原告立沢本人尋問の結果並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第六号証及び第七号証の各一ないし三第八号証の一ないし六第九号証及び第十号証の各一、二第十五号証第十七号証ないし第十九号証及び成立に争いのない第十一号証ないし第十四号証第十六号証を綜合すると、別紙記載のとおり、原告立沢は附添看護料及び輸血代合計金三万二千六十円を、原告公社は医療費金八十四万九百六十五円及び障害補償費金三十三万三千七百円を、各支払つたこと、原告立沢は事故当時電報配達の途上であつたので業務上の負傷であり、原告公社は原告公社職員業務災害補償規則に基き、原告立沢に対する災害補償として右金員を支払つたので、右支払の限度において原告立沢が被告等に対して有する損害賠償請求権を取得するものであることが認められる。右認定を左右する証拠はない。そうすると、原告等は被告等に対し、右それぞれの支払金額に相当する損害賠償請求権を有することになるが、前記認定のとおり原告立沢においても本件事故発生につき、後方から接近する被告自動車との距離の判断を誤り安全に右折できるものと軽信して一時停車又は徐行をせず、しかも右折の合図をすることなく急に右折を開始した過失があり(旧道路交通取締法第十八条の二第二十二条、同法施行令第三十六条)、右過失の程度を斟酌すると金三十万円を前記障害補償費より控除するのが相当と認められる。

四,よつて原告等の本訴請求は、原告公社については金八十七万六千六百六十五円、原告立沢については金三万二千六十円及び右各金員に対する別紙記載の各支払日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において認容すべきであるが、原告公社のその余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二 田辺博介 土屋重雄)

(一) 原告立沢支払分

支払日

支払金額

項目

33.

8.23

4,300円

付添看護料

(佐々木病院)

9. 9

4,500円

10. 9

4,500円

〃 24

4,500円

11.24

6,000円

12. 9

4,160円

5.19

3,060円

輸血代

(東京輸血協会)

9.22

1,040円

合計

32,060円

(二) 原告公社支払分

支払日

支払金額

項目

33.

5.15

98,720円

医療費

(佐々木病院)

8.21

10,770円

35.

11.30

733,475円

(関東逓信病院)

36.

6.21

333,700円

障害補償費

(原告立沢)

合計

1,176,665円

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